東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1929号 判決 1984年5月30日
控訴人
横浜市
右代表者市長
細郷道一
右訴訟代理人
猪狩庸祐
被控訴人
今野良彦
被控訴人
今野文夫
被控訴人
今野玲子
右三名訴訟代理人
高荒敏明
陶山圭之輔
宮代洋一
佐伯剛
若林正弘
主文
原判決主文第一項を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人今野良彦に対し金一億二三六五万三六〇四円及び内金五九七二万五八六四円に対する昭和五〇年七月一五日から、内金五三七二万七七四〇円に対する昭和五六年一二月二六日から、内金一〇二〇万円に対する昭和五七年七月一七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人今野良彦のその余の請求を棄却する。
控訴人の被控訴人今野文夫、同今野玲子に対する各控訴を棄却する。
訴訟費用は、控訴人と被控訴人今野良彦との間においては、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人今野良彦の負担、その余を控訴人の負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの間においては、控訴費用を控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所は、被控訴人今野良彦の請求のうち原判決が認容した部分は、主文第二項記載の限度において正当としてこれを認容しその余を失当として棄却すべきであり、被控訴人今野文夫、同今野玲子の請求のうち原判決が認容した部分は、正当としてこれを認容すべきものと判断する。その理由は、以下に説示するとおりである。
二1被控訴人らの請求原因事実及び控訴人の抗弁に対する当裁判所の判断は、次の2ないし8のように付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
2請求原因2について、原判決三三丁裏一〇行目「原告良彦」から同末行「事実」までを「原告良彦に事故が発生したこと(その態様、傷害の部位、程度等については争いがあるが、その点は、後記認定のとおりである。)」に改め、同三四丁表六行目「総合すると」の次に「、前記水泳飛び込みの練習中」を加え、同行「本件事故」を「プールの水底に自己の頭部を激突させる事故」に改める。
3請求原因3について、原判決三四丁裏末行「撮影日時」の前に「請求原因3(一)の事実のうち、飛び込みの練習に使用したのが第三、第四コースであること及び飛び込み台の形状を除くその余の事実、同(二)の事実のうち、飛び込み台を使用しての練習を終えた生徒が七割程度であつたこと、生徒全体を適当に整列させて生徒に自由に練習させたこと、「こういう飛び込み方もある。」といい、プールスタート台(飛び込み台、以下同じ。)から二、三歩退き、勢いをつけて同台脇から飛び込む姿勢を示して指導し、生徒に一、二回程度練習させたこと、同(三)の事実のうち、原告良彦が二、三歩助走をつけてスタート台上から飛び込んだこと、その際に身体のバランスを失つたこと、同(四)の事実のうち、本件事故発生時のプールの水深が一メートルに満たない水位であつたとする点を除くその余の事実については当事者間に争いがなく、この事実に」を、同三五丁表五行目「結果」の次に「及び本件口頭弁論の全趣旨」を加え、同九行目「四一名」を「四一〜四二名」に改め、同丁裏三行目「被告の主張によつても」を削り、同三六丁表八行目「入水角度が鋭角すぎる者」を「水中深く入つてしまう者」に改め、同丁裏八行目「なさなかつた。」の次に「なお、その際松浦自身も助走(右、左、両足とステップする。)して飛び込むまでの姿勢をとつてみせたが、スタート台は使用せず実際にプールに飛び込むこともしなかつた。ちなみに、右飛び込み方法は、中学体育課目の水泳指導書等の資料によつたものではなく、松浦が飛び込みに際しての「けり」の力をつけさせるための指導方法として考えついたものである。」を加える。
4請求原因4について、原判決三七丁裏四行目「教育作用は」の次に「、非権力的作用であるとはいえ」を加え、同三九丁表九行目「鋭角での入水を避ける」を「適切な角度で入水しうる」に改め、同丁裏四行目から同四〇丁表五行目までを次の5のように改め、同四〇丁裏五行目「水面側に」を「水面に向かつて」に、同四一丁表二行目「指導に従つて」を「指示に従つて助走つき飛び込み方法で」に、同四行目「前記(2)」を「前記(二)」に改める。
5松浦がかかる方法を指示したのは生徒が飛び込む際の「けり」が弱い点を補うためであつたこと、かかる方法は水泳の指導書等によつたものでないことは前認定のとおりであるから、このように指導書等によらない方法を中学生の飛び込み指導に導入したこと自体、その妥当性が問われてしかるべきである。のみならず、前記甲第八八号証によれば、そもそも「けり」の弱さを矯正するためのものとして右方法を採用したことについては疑いなしとしないのみならず、仮に右方法をとることに有益な面があるとしても、この方法で踏み切りを行ない、ことに本件のごとくスタート台上に乗り上つた後に踏り切りを行なうときは、踏み切りに際してのタイミング、踏み切る位置の設定が難かしく、また空中へは通常の場合に比し高く上ることになりやすく、その結果水中深くにまで進入してゆきやすくなること、踏り切りの方向を誤ることにより極端に高く上つてしまいバランスを失つて空中での身体のコントロールが不可能になることがあることが認められ、そうとすれば、助走つき飛び込み方法は、前説示の飛び込みに際して水底への頭部の激突の危険をさけるための一般的注意事項とされている「台やプールの壁面に両足先を確実にかけさせる」ことに反する結果になるおそれが多分にあり、ひいては「あごを引きしめ、上腕部で頭部をはさむようにして、両腕を伸ば」すという空中姿勢をとることも著しく困難となる危険性を内包するものであるというべく、このことは、事柄の性質上飛び込みの指導にあたる松浦にとつて充分これを予見しうるものであつたといわなければならない。
6請求原因5について、原判決四二丁裏一〇、一一行目「退院した」の次に「(右の点については、被告はこれを明らかに争わないから自白したものとみなす。)」を、同四三丁表末行「職業的付添看護婦」の次に「、家政婦等」を加え、同丁裏初行「看護補助者」から同五行目までを「付添看護をするのが両親であること、及び現実に金銭的出捐をしたものではないことを衡平の見地から考慮すると、昭和五二年九月一六日から同五四年四月一四日までは一日金四〇〇〇円、同月一五日から同五六年四月一四日までは一日金五〇〇〇円、同月一五日以降については一日金六〇〇〇円を基準とするのが相当である。」に、同八行目から同四四丁裏七行目までを次の7のように改め、同四五丁表九行目「原告文夫本人尋問の結果」を「弁論の全趣旨により」に、同丁裏二行目「第八六号証」を「第八六号証の一、二」に、同四行目「同本人」を「原告文夫本人」に改め、同行「結果によれば」の次に「、口頭弁論終結時である昭和五六年一二月二五日までに支出した」を加える。
7(1)昭和五二年九月一六日から同五四年四月一四日までの分
4,000(円)×576(日)=2,304,000(円)
金二三〇万四〇〇〇円
(1)昭和五四年四月一五日から同五六年四月一四日までの分
5,000(円)×731(日)=3,655,000(円)
金三六五万五〇〇〇円
(3)昭和五六年四月一五日から同五六年一二月二五日までの分
6,000(円)×255(日)=1,530,000(円)
金一五三万〇〇〇〇円
(4)昭和五六年一二月二六日以降の分
金四〇三三万五四二〇円
原告良彦の右時点における残余生存可能年数は、昭和五五年簡易生命表によれば五二年と認めるのが相当であるのでライプニッツ式計算法でその現価を求めると右の金額となる。
6,000(円)×365(日)×18.418=40,335,420(円)
以上(1)ないし(4)の合計 金四七八二万四四二〇円
8抗弁1について、原判決四六丁裏六行目「前判示のとおり」から同一〇行目「なるからである。」までを「本件事故の原因となつた松浦の指導が注意義務を怠つたとされる所以は、前説示のとおり、助走つき飛び込みの方法によれば飛び込みについての一般的注意事項である踏み切りの際の両足先の確保や上腕部で頭部をはさむようにして真直ぐに伸ばすという空中姿勢を保つことが著しく困難になる危険性があるにもかかわらず、これに対応する適切な指導をしないまま漫然と右方法をとつたところにあるからである。前記甲第八八号証によれば、」に、同四七丁表八行目「言うべきであり」を「みうるのであり」に改める。
三なお、成立に争いのない乙第二〇号証には、被控訴人今野良彦(以下「被控訴人良彦」という。)は、飛び込みの際通常の場合に比してより高く飛び上り通称パイクの飛び込み姿勢をとつたものと判断されるとあり、右判断はそれ自体としては是認しえないものではない。しかしながら、バランスを失して右のような姿勢になりやすいことは、原判決引用の上更に付加訂正して説示したとおり、あたかも助走つき飛び込み方法に内包される危険性にほかならず、これを意識した上での適切な指導のなかつたことに基因するものというべきである。そして、被控訴人良彦がことさらにいわゆるパイク飛びを試みたことは認められない(松浦教諭が被控訴人良彦の踏切りや空中での姿勢を全く見ていなかつたことは前記引用の原判決認定のとおりであり、ほかにはこれを認めるべき証拠はない。)から、被控訴人良彦の過失と評価することはもとよりできない。その他当審における証拠調の結果を参酌しても原判決を引用してなした当裁判所の認定判断を動かすに足りない。
四以上によれば、被控訴人良彦の控訴人に対する請求は、逸失利益五三二一万四三六四円、付添看護費用四七八二万四四二〇円、療養雑費五五一万一五〇〇円、療養のための改造費等特別出資五九〇万三三二〇円及び慰藉料二〇〇〇万円の合計一億三二四五万三六〇四円から損害が填補された分一九〇〇万円を差し引いた一億一三四五万三六〇四円に弁護士費用一〇二〇万円を加算した金一億二三六五万三六〇四円及び内金五九七二万五八六四円に対する昭和五〇年七月一五日(本件事故発生の日)から、内金五三七二万七七四〇円に対する昭和五六年一二月二六日(付添看護費用及び療養のための改造費等特別出資については、遅延損害金の起算日は原審口頭弁論終結の翌日と解するのが相当である。)から、内金一〇二〇万円に対する昭和五七年七月一七日(原判決言渡の日の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきものである。
五よつて、これと異なる原判決主文第一項を右のとおり変更することとし、被控訴人今野文夫、同今野玲子に対する控訴は、理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第九二条本文及び第八九条を適用し、仮執行免脱宣言は、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(賀集唱 上野精 菅英昇)